京ことば(京都弁)は京都人しか通じない? 「おおきに」の いろいろな意味って?






こんにちは、こひろです。


私は京都出身ですが、現在は夫の故郷の佐賀県に居ます。こちらの人から、「京都弁は大阪弁と違って優しく聞こえる...」とよく言われます。結構はっきりモノ言うてるんですけどねぇ...。京都弁(京ことば)は上品に聞こえるようです。



京都弁は京都人しか通じない? 「おおきに」の いろいろな意味って?


京都弁と言えば、舞妓さんことばを想像されるんですが、私ら一般市民は使いません。あれは所謂、特殊ことばで、舞妓さんはデビュー前の1年間の見習い修行中(下働き)に、踊りや舞妓ことばの「~どすえ~」を覚えやはるとか。今は地元出身の舞妓さんは少ないそうですので、他所から来られて舞妓さんになりたいという人は、京ことば+舞妓さんことばを覚えることになるというわけです。









京都弁は京都人しか通じない...と思います。私の夫は九州・佐賀出身ですが、高卒後は調理師になるため、単身京都の専門学校へ行き、調理師免許取得後は、京都で10年間板前の仕事をしていました。京都ではそれなりに京都弁で喋っていたのですが、九州へ戻って途端に、京都弁が話せなくなり、今では私の京都弁が通じてない時があります。「そんな意味で言うてへんねんけどな~」と思えることは多々です(笑)


「おおきに」にもいろいろな意味がある、ということも夫は忘れてしまったようです。こちら(九州佐賀県)へ来て20年以上経ちますので、仕方ないですけど。。



 「おおきに」の いろいろな意味って?

京都弁の「おおきに」は、「ありがとう」の意味だけではありません。例えばですが、「一緒にごはんでもどうや?」と言われて、お断りする時にも、「おおきに、今日はやめときます。」という使い方をします。他県の人は、おおきにと言われて次の言葉は、「ハイ行きます。」を期待されていたらしく、「断るのにおおきには変やろ...」と言う人も居られました。(変なんですかね?)


京ことばの 「おおきに」は 「ありがとうございます」 に値する丁寧語でもあります。決して下品な言葉ではありませんし、ふざけて使っているわけでもありませんえ。









[京都の歴史・文化を学ぶ] 
平安時代、鎌倉時代~室町時代を経て、安土桃山~江戸時代

京都を狙う戦国大名

室町幕府の勢いが弱まるとともに、日本は永い戦国の乱世へと入っていきます。甲斐を本拠とした東国の雄であった武田信玄が、その妻だけはわざわざ京都の貴族の家から迎え入れていることなどは、このことを最もよく現しています。天下統一を狙った織田信長がまず何よりも京都を目指したのは、京都を支配することが天下を支配することにつながっていたからです。


秀吉による都市改造

本能寺の変によって信長は思いがけない死を遂げ、天下統一の事業は豊臣秀吉へと受け継がれました。秀吉は武家としては初めての関白に就任し、京都の天皇の権威を背景として天下統一へと突き進んだのです。秀吉は大坂(現在の大阪)に巨大な城を築くとともに、京都を自らの政権の首都として大々的に改造していきます。京都の中央には関白の城としての「※聚楽第」が築かれました。また、秀吉は京都の南の郊外に伏見城を営み、そこを晩年の根拠地としていきます。秀吉のこの事業によって京都は面目をまったく一新し、近世から近代に続く都市構造を造り上げていくのです。
※聚楽第(じゅらくだい・じゅらくてい)現在の二条城の北にあった豊臣秀吉の城   
出典:きょうと修学旅行ナビ 


御土居(おどい)って何?

御土居は豊臣秀吉によって作られた京都を囲む土塁で、御土居の内部を洛中、外部を洛外といった。



聚楽第の主要エリア
~アクセス~

鉄道利用

JR京都駅からバス「堀川中立売(ほりかわなかだちうり)」降車、西へ徒歩散策。主な聚楽第の主要エリアのみなら所要時間は、石碑を繋いで徒歩1時間といったところ(詳しくはGoogleマップ参照)。



最後まで読んでくださってありがとうございました。





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